父方の祖父のこと。

こんにちは、ハセPです。
今日は祖父の話をしようと思います。

祖父というのは私の父のお父さんであり、
横浜に住んでるから「横浜のおじいちゃん」と呼んでいました。

私がその人を祖父と気づいたのはおそらく小学1年の時で
土日は横浜の祖父母の家によく泊まりに行っていました。

祖父はずっと別室のベットにいるままで
話もしない人、というイメージでした。

当時の私は「なんでおじいちゃんは何もしゃべらないんだ?
あー、うーとかしか言わないのはなんでなんだろう?」と
ずっと疑問に思っていたのですがその疑問が解けたのは
十年も後のことになってしまいますが「歯がほぼ全部ない」と
いうのが理由でした。(たしかそうだったはず)

歯があまりないとなかなか話せなくなったりそんな自分に
自信がなくなって話さなくなる人もいるんだとか。
私の父はプライドが高いのできっとその遺伝子は祖父から受け継いだのかも。
祖父もプライドが高くてあまり話したくなかったのかもしれません。

小学校4年生に上がるまで私祖父と会話したことがなく、
初めて会話したのがその時で、勇気を出して
「じいちゃん、よっ!」と言って手を振りました。

そしたら、まさか返ってくるとは思わなくて
祖父は手は降りませんでしたが手を挙げて挨拶してくれたんです!

当時の私はびっくりもしましたが嬉しかったです。
これからもう少しずつ祖父に挨拶をしていこうと思いました。

でも、これが最初で最後の会話になるとは思いませんでした。

あの挨拶をしてしばらく日がたった後、祖父が急死しました。

先生から「親御さんから連絡があった。早く帰りなさい
あなたのおじいさんがなくなった
」って。

正直、まだ母方の祖父も父方の祖父も健在だったので
え、どっち…となり帰りました。

横浜の祖父のことの知らせでした。
まだ葬式にも参列したことがない自分にとっては、従姉妹が泣いてる姿や
誰かが悲しむ姿を見るしかありませんでした。
10歳の自分にとっては訳も分からない感じと、

「人はいつか、空に飛び立つときはこうやって送られていくんだ…」と。

横浜の祖父がいなくなって20数年。
当時の私には浮かばなかった後悔がたくさんあります。

「祖母とばかり話して祖父に挨拶もまともにできなかった」
「もっと私の話を聞いてほしかった。話せなくてもいいから」

祖父にとって私の存在は一体どういう孫だったのか、ずっと疑問に思うばかり。

身内がいつどこでなにがあるかなんてわからないものなので
後悔のないように今は家族に話しかけたりしています。

「もっと色々聞きたいことがあったのに」という後悔を少なくするために。

ちなみに横浜の祖母はまだまだ元気な90歳。
ごはんもおかわりしちゃうんだそうです。祖母にはまだ元気でいてもらいたい。

重い話ですがここで以上となります。

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この記事を書いた人

30代のオタク女子
料理や歌うことが好き

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